seminar 電子版プレミアムセミナー

ビル・エモット氏 
キーノートスピーチ
「西洋の運命」

 7月10日、東京・丸の内で日本経済新聞電子版の有料会員向け「プレミアムセミナー」として、国際ジャーナリストのビル・エモット氏を招き、「西洋の運命」をテーマに講演を行いました。アメリカのトランプ大統領の誕生やイギリスのEU(欧州連合)離脱など、揺れる「西洋」という概念、それを守る大切さについて語りました。後半は日本経済新聞社コメンテーター、菅野幹雄とのトークセッションを行いました。以下はセミナーの要約です。

揺れる「西洋」の自信

ビル・エモット氏

きょうは西洋の将来に関して、その「運命」について語りたいと思います。アメリカ、そして日本、それからヨーロッパがどのような形で影響を受けていくのか。戦後の成功を形づくってきた国々が、どういった方向に進んでいくのか話したいと思います。

私が言う「西洋」は地理的な場所ではなく、ある種の理念(イデア)です。第二次世界大戦が終了し、このイデア、つまり開放的で自由な社会を持ち、そして民主主義的な制度を政治制度として、また法のもとでの平等といった考え方を採用するということが人気を博してきました。そして世界で大きな成功をおさめてきたわけです。

しかし、今や私たちは悲観主義の時代に突入しています。いわゆるアンチデモクラティック、民主主義に対抗するようなアイデアというものがどんどんと吹き込まれています。ナショナリズムが高揚し、そして移民や外国人が批判され、また海外からの輸入など不公正貿易への批判が出ています。さらにポピュリスト、つまり大衆迎合的なさまざまなソリューションが声高に叫ばれています。このナショナリスト、ポピュリストとして世界で今一番重要なのは、アメリカ大統領のトランプ氏でしょう。

独裁的なリーダーの台頭

ビル・エモット氏

トランプ氏はポーランドで「西側諸国に生き残る意思があるのか。価値観をどんなことをしても守るという自信があるのか」と演説し、その後にドイツでG20(20カ国・地域)首脳会議に参加しました。私はG20がG19になってしまったという印象を持ちました。トランプ氏は自由で開放的、国際的な協調をもとにした経済の繁栄、平和、安全保障といったものの向こう側にいった感じがしました。

トランプ氏は西側の運命に疑問を呈し、西側を転覆させようとしている勢力、例えば過激派組織「イスラム国」(IS)、北朝鮮といった外部の問題を原因に挙げます。私は全く違う意見です。問題は西側諸国の内にある。経済的な失敗と社会の分断が、移民の流れの阻害、気候変動のパリ協定からの撤退といったアメリカのポピュリスト的な力につながっています。世界の金融危機を経て資本主義が信用を失い、経済、社会のさまざまな不満を生んだ。経済的な失敗や民主制度の機能不全が外部の脅威と国内のストレスへの対応を弱体化させ、トランプ氏当選のような政治的な変動幅(ボラティリティー)の高まりにつながっています。

このような大衆迎合主義は西側の多くの国々で広がっています。ロシアのプーチン氏のような独裁主義者を真似して、西洋でもトルコのエルドアン氏のような独裁的なリーダーたちがどんどんと出ており、民主主義におけるリーダーの転換が起きています。

そして、イギリスの欧州連合(EU)からの離脱、1年前にこのような政治の意思決定が予想に反した形でなされて、その後、総選挙での保守党の力の弱体化につながりました。フランスでは新たな大統領、マクロン氏が議会選でも大成功をおさめました。1年前にできたての党であったにもかかわらず、これまで長く主流であった中道左派、右派の票を奪ったわけです。イタリアでも支持を集めている党はインターネットのみで活躍しているところであり、4年前に初めて議席を獲得したところです。この党はユーロ、もしくはEUの参加に反対しているのです。

そして、最近のドラマティックな東京都議選での勝利、つまり小池百合子知事がつくった新たな党が大きな勝利をおさめたということで、これがまた新たな政治のボラティリティーの時代を告げていると言ってもいいかもしれません。

こういった状況を鑑みるにつけ、だからこそ私は西洋の運命というのを考えることが重要だと思うわけです。私は著書の題名にある“終わり”を言葉通りに使っているわけではありません。さまざまな危機、失敗を克服してきた西洋が今、転換点に向っているのです。

私たちは今、闘いのただ中にあるということです。これまでの繁栄をもたらした自由で開放的な社会という考えのために闘っていかなければならないわけです。この闘いに勝つだろうと思います。ヨーロッパと日本の国民はこれまでの世代と比べて、より多くの情報を持ち、教育水準も高い。スマートフォンで即座に情報を得られるし、だからこそ、より真実を見きわめる能力を持っていると思うからです。私たちが恩恵を受けてきた開放的な社会を守る責任は私たちにあるわけです。

略歴

ビル・エモット(Bill Emmott)

国際ジャーナリスト。1956年イギリス生まれ。80年から英誌エコノミストに勤務、東京支局長としても勤務。主な著書として、90年に日本のバブル崩壊を予測した『日はまた沈む』、2006年に日本の経済復活を宣言した『日はまた昇る』がある。2017年7月に新著『「西洋」の終わり:世界の繁栄を取り戻すために』を発表した。

トークセッション
ビル・エモット氏×菅野幹雄日本経済新聞社コメンテーター
「西洋の衰退と中国の台頭:日本はどう貢献すべきか」

ビル・エモット氏

菅野幹雄コメンテーター 世界のリーダー不在を示す「Gゼロ」という言葉があります。アメリカ抜きで弱まっている西洋の中でだれがリーダーになり得ますか。

ビル・エモット氏 Gゼロの世界は、実はオバマ政権のときから始まっています。イラクとアフガニスタン戦争、そして2008年の世界金融危機の結果、明確なリーダーがいない世界に私たちは住んでいます。これからはヨーロッパが少し前に出てくる。日本も国際的な協力を維持しようと努力するはずですし、貿易関係も重要です。日本とEUがEPA(経済連携協定)で大枠合意しましたが、これはアメリカとは反対の方向に動いている。日欧が将来一歩前に進んで平和的な解決策、つまり貿易戦争を回避し、国際的な組織というものを再興、維持する上で主導的な存在になるのではないかと思います。一方でアメリカがリーダーの地位に戻るには10年ぐらいかかるのではないでしょうか。

菅野 西洋の復活のために、日本、そしてヨーロッパのリーダーは何をやるべきですか。

エモット まずは国内政策です。フランス、ドイツ、日本の国内経済改革で、特に必要なのは開放性、自由化だと思います。個人、企業が新たな産業を生み出し、投資を生み出し、雇用を生み出すのを促す改革、さらに介護をしつつ女性であっても仕事ができるとか、もしくは子育ての助けがあり、スキルさえあればいい大学に行ける仕組みづくりが望ましい。同時に、経済開放を行っていかなければならず、これには国際協調が不可欠です。ヨーロッパには経済、社会の健全性を考える寛容なリーダーが必要です。今までより寛容なドイツが生まれると思います。ヨーロッパの経済を刺激し、公共投資のプログラムを始めて、ギリシャの赤字をリストラすることになるかもしれません。

ビル・エモット氏

菅野 トランプ大統領にわれわれは、あとどのくらい向き合うことになるのでしょうか。

エモット 少なくとも3年半は大統領を続けるだろうと思われ、再選の可能性もゼロではありません。楽観するならば、経済政策はより建設的なものになってくるかもしれません。再選を目指したいなら、政策の修正は遅過ぎてはならない。貿易の関税問題に関しては悲観的にならざるを得ません。アメリカではトランプ氏への見方も大きく割れています。彼が大統領なのを恥じる人もたくさんいます。将来、民主党でも共和党でも、アメリカの人々の要求を満たすことができるような人が出てくるかもしれません。

菅野 アイルランドのダブリンに引っ越しを考えているそうですね。これはイギリスのEU離脱、ブレグジットへの対抗措置なのでしょうか。

エモット 移住はブレグジットが原因です。別にEUの中に入りたいということではなく、ちゃんと合理的な考え方ができる国に住みたいわけです。イギリスの大変非合理的な決定にはかなり不満を感じています。では、今後イギリスはどうなるのか。かなり予測不能です。国民が求めているのはよい経済、よい公共サービス、学校、病院、福祉、そういったものを求めていると思います。ヨーロッパと近い関係があることで利益があると思っていたわけです。でも、離脱することを決めたわけです。
 しかし、それでもヨーロッパに近いところにとどまるという交渉をしようとしていると思います。単一市場にとどまる、それから関税の地域にとどまるということは考えられると思います。EUのフルメンバーでないとしても、EUの関税同盟にとどまる可能性がある。そうすると、日本の自動車メーカーですとか、それ以外の会社でイギリスで生産して、ヨーロッパの市場に売っているところに関してはいいチャンスだと思います。
 もう一度国民投票を行って、そしてEUにとどまるという決定をする可能性は20%ぐらいだと思います。議論が再び始まるところであり、私も参加しようと思っています。

ビル・エモット氏

菅野 アベノミクスについて、3本目の矢が飛んでないと指摘しています。安倍晋三首相のリーダーシップを、どう評価していますか。

エモット 安倍首相の経済政策には失望しています。日銀の積極的な金融緩和は必要だったが、それでは十分ではなかったからこそ、第3の矢が必要でした。自由化を進める改革が必要であり、正規・非正規の契約社員などの間の調整をしっかり行う労働法の改革も必要です。安倍首相は政治的な機会を無駄にしてしまっている。19年のG20で日本が議長国となるときに彼が議長の座にいるかどうかについて、私はちょっと懐疑的です。日本はもっと経済で競争を促し、それが構造改革につながっていくべきだと思います。労働基準法の改革は労働組合も反対するでしょうが、大きな反対者は大手企業です。しかし、高い賃金を生むには労働改革は不可避です。質の高い、所得の高い社会にならなければなりません。アジアのスイスになるのが日本の目標だと思います。

ビル・エモット氏

菅野 中国と日本の共生は可能なのでしょうか。

エモット 中国と共存するしか選択肢はないですよね。イギリスがヨーロッパの諸国と一緒にやっていくしかないのと同じです。2国関係ではなく、ほかの東アジアの国々との協力という枠組みで考えなければならない。そのことによって中国の協力も促していくということがとても重要だと思います。